神々の坐す杜
宇智郡 御霊本宮・御霊神社 ごりょう

祭 神:井上内親王、早良親王、他戸親王
鎮座地:奈良県五條市霊安寺町2206 

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境内正面入口


拝殿・拝殿前広庭
 
井上皇女(井上内親王717〜775)は聖武天皇の第一皇女である。
5歳の時、伊勢神宮の斎王に卜定され、6年後の727年伊勢に下向し斎王となるも744年、弟の安積親王の薨去により、斎王の任を解かれる。帰京後、白壁王(光仁天皇)の妃になる。
光仁天皇が770年に即位すると、それにともない立后。翌771年にはその子他戸親王も立太子される。
しかし、その1年後の772年、光仁天皇を呪詛したとして皇后を廃され、同5月には他戸親王も皇太子を廃される。代わって773年1月に山部王(後の桓武天皇)が立太子された。
他戸親王と共に皇籍を剥奪された井上内親王は、大和国宇智郡(現在の奈良県五條市)の没官宅に幽閉され、775年4月幽閉先で他戸親王と同日に薨去したというのだが、この不自然な死には暗殺説も根強くある。
宝亀7年(776)頃から天災地変が多発して、世間から井上内親王母子の怨霊という噂が立ったので光仁天皇は遺骨を改葬させ、墓を御墓と追称。さらに延暦19年(800)、崇道天皇(早良親王)の名誉回復にあわせ、井上内親王を皇后と追号し、御墓を山陵と改称。のちに慰霊のために霊安寺(明治初年廃寺)が建立され、更に霊安寺の境内には鎮魂の為の御霊神社も創祀された。
なお、宇智郡(現在の五條市)各地には御陵神社が23社鎮座している。

 
(御山町)宇智陵   (御山町ハカ山)他戸親王墓



この聖神社のある辺りは五條市須恵町2丁目だが、通称「井上町」と呼ばれて来た所である。
この小祠は、井上母子が土牢に閉込められた「没官宅跡」だという。
    一説に寄れば、此の地には井上皇女・他戸親王母子は揃って丹生川に入水自殺したとも伝えられている。

(井上町)聖神社    (商励会通東側)さくら井戸   霊安寺町を北流する丹生川 
「さくら井戸」は弘法大師が錫杖で
地面を突いて水を湧かせたと伝わっている



かみがみのましますもり  神々の坐す杜 85.  平成26年9月30日掲出  戻る