式内大社 大坂山口神社 おおさかやまぐち
大坂山口神社【穴虫】
大和国葛下郡穴虫(穴虫街道沿い) 祭神は牛頭天王、八幡、春日の諸神 で、当社の牛頭天王信仰(祇園信仰) は近世には広く知られ、祇園宮寺・威 光庵もあった。 奉納宮相撲は古来有名である。 当社には寛文四年(1664)以来の棟 札が奉納されており、三間社流造りの 本殿には文化十二年(1815)再建と 墨書があるという。 ●春祭り:四月上旬 ●秋祭り:七月十六、十七日(旧暦か) [由緒説明看板]より |
1 | 奈良県香芝市穴虫 近鉄大阪線・二上駅より北東すぐ 祭 神:大山祇命 須佐之男命 天児屋根命 |
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2 | 日本書紀崇神天皇九年三月(380)、国中に疫病が蔓延したため天皇はいたく悩まれていた時ある夜、夢に神人が現われて、「赤盾八枚、赤矛八竿をもって墨坂の神を祀り、黒盾八枚、黒矛八竿をもって大坂の神を祀れ」と告げたので、天皇はその教えどおりに祀られたところ、たちどころに疫病は平癒し天下泰平となったとある。 ここでいう「大坂の神」とは北葛城郡香芝町の当社、大坂山口神社の祭神といわれる。 ●「大坂の神」とは、穴虫の当社ではなく、「逢坂」の山口神社だとする説、又、そのいずれでもないという説もあるという。 |
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●写真説明 @本 殿:1815年に再建されたという A拝 殿:上り石段の中頃にある B鳥 居:正面の石段を上ると社殿 |
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住宅に囲まれた小高い丘が穴虫の杜 |
大坂山口神社【逢坂】
大和国葛下郡逢坂(伊勢街道沿い) 逢坂の集落に鎮座する式内社山口神社は、近世に社寺詣での道として頻繁に利用された伊勢街道に面しています。本殿は三間社流造・檜皮葺で、寛永十五年(1638)の棟札と構造手法から、この時期に建立されたと考えられます。しかし、細部に室町時代後半の古い建築様式を残していることから、奈良県の指定文化財になっています。 (境内の説明看板) ●春祭り:三月一日 ●秋祭り:十月一六日 |
1 | 奈良県香芝市逢坂 近鉄大阪線・二上駅より南西すぐ 祭 神:大山祇命 須佐之男命 稲倉魂命 (神大市比売命とも) |
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2 | 逢坂集落西部に鎮座。寛永十五年(1638)の棟札によれば牛頭天王社と称し、明治期の「神社明細帳」には祭神天児屋根命・建速須佐之男命・稲倉魂命とあるが、 延喜式神名帳葛下郡の 「大坂山口神社大 月次新嘗」にあたるとして祭神も大山祇命とする。 式内社については香芝市穴虫の大坂山口神社とする説が多く、度会延経「神名帳考証」のみが当社をあてる。 (寺院神社大事典) |
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●写真説明 @本 殿:鬱蒼とした木々に遮られてほとんど見ることができない本殿。1638年に建立されたという。 A社殿全景:駅前から続く住宅地の奥まったところに鎮座する。 B逢坂の杜:参道正面から撮影 |
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広庭の御神木と、その向こうに見える拝殿 |
かみがみのましますもり 神々の坐す杜 30. 平成15年5月31日